テニスで手にする夢への軌跡

テニスをはじめた息子たちを応援する父親として、またジュニアスポーツに携わる大人として“自分ができること、感じること”を。

「“指導者”を考える」(後編)

今回、私がこのような記事を書いた背景には、やはり2人の息子たちのことがあります。

 

 

そして私自身が、指導者として子どもたちにサッカーを教える立場にいるから、という理由もあります。

 

 

息子たちがテニスを始めたこのタイミングで、今までは指導者として見ていた風景を、保護者として外から眺めるようになって、改めて感じた“指導者”について考えてみようと思ったのです。

 

 

息子たちはまだテニスを始めたばかりで、関わっている指導者と言えば週1で通うスクールのコーチだけです。

 

 

ただ、週1とはいえテニスと出会った彼らにテニスの楽しさを教えてくれるコーチの存在はとても重要です。(もちろん学校の先生も大きな分類で見れば同様ですので、先生たちもまた重要な存在です)

 

 

もしこのコーチに、子どもたちを楽しませ、子どもたちをポジティブに成長に導こうとする気持ちや人としての誠実さが無ければ、子どもたちのテニスに対する印象もまったく違ったものになってしまいます。

 

 

ある意味で、指導者とは競技を教える人間というよりも、スポーツというツールを使って、子どもたちが豊かな人生を送るための基盤づくりをサポートする存在と言えるかもしれません。

 

 

また、今後息子たちがテニスでより高い場所を目指したいと思えば、今よりもっと多くの指導者と関わらざるを得なくなります。その時に、前述した“指導者とは到底言えない大人”に出会ってしまった時にも、その大人に影響されず、潰されることなく、自分の夢に向かってしっかりと歩んで欲しいと願うばかりです。

 

 

特に、どのスポーツにもある「強化クラス」とか「選抜」といった名前の付く場所には残念ながら私があまり好きではないタイプの指導者が多いのが事実です。

 

 

私は常々、能力の高い子どもたち(選手)が集まる場所でこそ、スポーツの枠組を超えた価値観でスポーツを語ることが出来るような指導者が必要だと思っています。(個人的には元サッカー日本代表監督のイビチャ・オシムさんなどが当てはまります)

 

 

なぜならば、その子たちの多くが競技の第一線で活躍し、その後は彼らが次の世代のトップカテゴリーの選手たちを育てる可能性が高いからです。彼らには、競技ごとの偏った価値観や小さな枠組みで囲われた思考に縛られず、それとは真逆な、より広く物事を捉える視野と高い精神性で今後のスポーツ界をリードして欲しいと、私は心から思っています。

 

 

それが実現すれば、近い将来、スポーツを楽しむ子どもたちを取り巻く環境は劇的に改善されるだけでなく、スポーツで苦しく辛い思いをする子どもがいなくなり、さらに子どもたちのスポーツに対する価値観が変わり、古く醜い慣習などは存在する余地が無くなるからです。私はそんな日が早く来て欲しいと、日々強く感じています。

 

 

“指導者”の存在は子どもたちにとって、とても重要です。

 

 

 スポーツに限らず、子どもたちの指導に関わっている人たちには「大人が謙虚に、常に成長することを忘れず、いつも子どもたちを中心に考えて」彼ら、彼女らをサポートして欲しいと思います。

 

 

一人でも多くの子どもたちが、自分の好きなスポーツを思う存分楽しめるように、そしてスポーツを通じて豊かな人生を歩めるように、私自身は今後も子どもたちのスポーツ環境が少しでも良くなるように微力ながら貢献出来ればと考えています。

 

 

私がいつも子育てやジュニア指導の参考にしている、サッカーコーチ・池上正(いけがみ ただし)さんの書籍です。とても勉強になりますので、一度ご覧になってみてはいかがでしょうか。